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ジョゼと虎と魚たち (2010.10.01)


ジョゼと虎と魚たち






大学生の『恒夫』(妻夫木聡)は、ある日、乳母車に乗った『ジョゼ』(池脇千鶴)と出会う。
足に障害を持つ彼女は、家に引きこもった生活を強いられ、祖母の押す乳母車で散歩することが日課だった。気難しい性格のジョゼであったが、彼女を心配するうちに、恒夫は彼女に惹かれていく。






今時の大学生でプレイボーイの恒夫が、障害者のジョゼを好きになり、本当に好きになった人と付き合う幸せと、一緒に歩んでいくことの難しさを知る物語。
ラブストーリーというより、人間の優しさや弱さを、等身大に描いたお話だね。




ジョゼは障害者として、何もない閉じられた家の中で過ごしてきたから、沢山のことを諦めてきたんだろうね。
彼女は根暗な性格というより、あえて感情を殺すことで何も感じないようにして、傷つくことを防いでる。

でも彼女が恒夫と見にいった“虎”は、ジョゼの好奇心や生きる意志の象徴のように感じた。
人にからかわれても、「花やネコが見たいから」という理由で散歩を辞めなかったジョゼは、人並みの生活にやっぱり憧れていたような。恒夫と出会って、自分から服を脱いだ彼女は、何もない深海で一人感情を殺して生きていく覚悟を持っていたはずなのに、恒夫を信じてみようと思ったのかもしれない。


祖母は、散歩のときに人が通ると、布でジョゼを隠してたから、恒夫と一緒にジョゼが見た人々は、きっと今まで見たことのない魚たちなんだろうな。
拾いものの学生ノートの持ち主に会えたことで、まるで芸能人に会えたかのように笑みがこぼれるジョゼはなんだか可愛いかった。お出かけ先の水族館は休みだったけど、きっとジョゼは深海から上がって、日常の世界とそこで泳ぐ魚たちを見たのかも。







この映画のスゴイところは、これだけ淡々と繊細な感情を描いた映画なのに、それが映画として成立しているところ。邦画らしいというか、きっと日本人だからこそ作ることができた映画って気がする。
とりあえずキスすれば二人は結ばれたと表現した気になってる映画とは違うし、悲観的な環境から主役が延々と涙し、同情と涙を誘うようなドラマでもない。






この映画には沢山の理不尽もある気がした。
「お前は壊れもん」だと、障害者としてジョゼを育てた祖母だったり、「障害者のくせに」とジョゼに嫉妬する福祉の道を志す学生だったり、可愛いという理由だけで飼い犬を新しいものに換えようとする店主だったり。
恒夫もジョゼを障害者として差別しなかったはずなのに、結局親に紹介できなかったわけで。
付き合ってる最中は本気だったとしても、ジョゼにとっては恒夫が全てだったのに、結局恒夫にとっては一人の女にすぎないような結果に終わったわけで。
恒夫と別れたあと、車椅子を嫌がっていたはずなのに、電動車椅子で買い物に行くジョゼは、もう一人で生きていく覚悟を決めているかのように見える。けど、恒夫と付き合うことで深海にいた頃の自分を客観的に見れて、未来のことを考えてしまっていた彼女が、何も感じていないわけがない。




僕は映画としてこのドラマを見ていたわけだけど、障害者の人が見たらどう思ったんだろう。「結局こうなったけど、この映画は何がしたかったの?」とか、「そうやって切ない話に涙して、あとは他人事のように終われるんだからいいよね」って思うんだろうか。
でも、時間とともに熱が冷め、今ならまだ引き返せるかもと気負いを感じた恒夫にも、一緒にいつづける約束を貫けずに泣く恒夫の気持ちも、妙に分かる気がした。
この映画の登場人物たちが感じていた想いは、キレイごとではない等身大なことで、映画としてはエンタメ性もないんだけど、きっとこの映画が描きたかったのは、その時々の心境や葛藤の部分なのかもしれない。









この映画は『レナードの朝』という映画に似ている気がしました。
寝たきりの障害者が、一時的に眠りから覚め、女の人と恋をする。でもそのあとすぐに病気が悪化して寝たきり状態に戻ってしまうお話。
レナードの朝は実話だけど、どうしようもない病気のことを描いていたというよりかは、諦めなければ希望はあるんだっていうメッセージ性を感じてた。


「ジョゼと虎と魚たち」では、いかにもジョゼが永遠に一人で生きてくかのような終わり方をしたけど、恒夫と出会って、人と一緒に生きたいと一時でも感じた彼女は、その気持ちさえ捨てなければ、まだ深海から出てこれる可能性はあるんだって思った。
おばあちゃんがいなくなってジョゼは本当に一人ぼっちになっちゃったけど、むしろジョゼの好奇心に杭を打っていたのは、祖母の障害者に対する偏見だったはず。だから今はもう、好奇心のままに“猫や花”を見に、自由に外に出られる。
ジョゼにとって今更それが難しいことでも、人との触れ合いを経験したことで、外の世界で生きようとする可能性が彼女には生まれている気がする。ジョゼにはまだ希望があるんだって思いたい。








 
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